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上賀茂神社の歴史

正式名称は賀茂別雷神社(かもわけいかずちじんじゃ)といい、賀茂氏の祭神である賀茂別雷命(※)を祀っている神社です。下鴨神社とともに古代の賀茂氏の氏神を祀る神社であり、両社をもって一社のような扱いをされています。

賀茂別雷命は、紀元前の初代天皇とされる神武天皇の時代に現在の社殿の北北西にある神山に降臨し、白鳳6年(678年)には現在の社殿の礎とされる賀茂神宮が造営されます。

延暦13年(794年)の桓武天皇による平安京遷都からは、山城国一之宮として、政治的・宗教的にも重要な役割を担うようになります。
また、明治4年(1871年)から第二次世界大戦後の昭和21年(1946年)までの社格制度(旧社格)においては、最上位の官幣大社におかれています。

両社によって毎年5月15日に行われている賀茂祭(通称葵祭)は平安時代の書物である源氏物語や枕草子などにも登場し、 当時の祭りといえば葵祭といわれるほどのものでした。

古都京都の文化財として世界遺産(世界文化遺産)に登録されています。

(※)
山城國風土記によると玉依姫(たまよりひめ)が鴨川の上流から流れてきた丹塗(にぬり)の矢を持ち帰ったところ、男子を授かり、玉依姫の父である賀茂建角身命から賀茂別雷命と名付けました。
関連資料

上賀茂神社の画像


(中央)細殿 (右)橋殿

細殿と立砂

立砂

楼門

本殿

一の鳥居

西鳥居

二の鳥居

境内

神馬舎

外幣殿(馬場殿)

土屋

橋殿(舞殿)

(左から)細殿 橋殿 土屋

ならの小川(禊の川)

ならの小川

勅使殿

楼門と玉橋

藤木社

上賀茂本通