古都京都の文化財
古都京都の文化財とは、平成6年(1994年)に世界文化遺産としてユネスコに登録申請する際に使われた、京都府京都市・宇治市、滋賀県大津市にある寺院や史跡などの総称です。
- 名称
- 備考
- 上賀茂神社(賀茂別雷神社)
下鴨神社(賀茂御祖神社)
- 上賀茂神社・下鴨神社とともに古代の賀茂氏の氏神を祀る神社であり、両社をもって一社のような扱いをされています。
毎年5月15日に行われている賀茂祭(通称葵祭)は平安時代の書物である源氏物語や枕草子などにも登場し、 当時の祭りといえば葵祭といわれるほどのものでした。
- 東寺(教王護国寺)
- 平安京の官立寺院であり、真言宗を開いた弘法大師空海の縁の寺です。
木造塔では日本一である五重塔があり、毎月21日は弘法市が行われています。
- 延暦寺
- 最澄が開いた天台宗の寺院です。
中世に新たな宗派を開いた、浄土宗の法然、浄土真宗の親鸞、臨済宗の栄西、曹洞宗の道元、日蓮宗の日蓮といった著名な僧を輩出しています。
- 清水寺
- 平安遷都以前からの歴史と、古来から現在を含め、数々の文学作品に登場し、多くの人の信仰や関心を集めている寺院です。
特に本堂である清水の舞台が有名で、思い切った決断を下すという意味で、「清水の舞台から飛び降りる」という表現の語源にもなっている場所です。
- 醍醐寺
- 真言宗・修験道の僧である、理源大師聖宝によって開かれた寺院で、醍醐天皇や豊臣秀吉などに縁があります。
- 仁和寺
- 歴代の住職のほとんどが皇族出身であった事から、御室御所と呼ばれてた寺院です。京都では遅咲きの桜である「御室桜」でも知られています。
- 平等院
- 平安時代後期の寺院で、現在の十円硬貨や一万円紙幣のデザインにも使われている鳳凰堂は、平安後期に平等院で建立された堂・塔の中で唯一現存しているものです。
- 宇治上神社
- 国宝である本殿は、現存する日本最古の神社建築とされています。境内からは現存する宇治七名水の最後の一つのである、桐原水(きりはらみず)が湧き出ています。
- 高山寺
- 関西でも屈指の紅葉の名所である、三尾の一つである栂尾にある寺院です。
闘茶(とうちゃ)が行われていた時の最高級とされた、栂尾茶(本茶)の茶園があり、日本最古とされるその茶園は、後の茶のブランドの起源にもなっています。
- 苔寺(西芳寺)
- 開基は奈良の僧である行基といわれ、暦応2年(1339年)には夢窓疎石により禅寺とされ、名称を西芳寺に改めています。
庭園は上段は枯山水、下段は黄金池を中心とした池泉回遊式という二段構造になっていて、境内が約120種の苔に覆われている事から、通称苔寺として親しまれるようになりました。
- 天龍寺
- 足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うために、嵯峨野の「亀山殿」を禅寺としたのが始まりで、開山は夢窓疎石になります。
度重なる火災により創建当時の建造物は存在せず、蛤御門の変(禁門の変)では長州側が天龍寺に陣を敷いた事もあって被害が大きく、一部の塔頭以外は明治以降の建物になります。
- 金閣寺(鹿苑寺)
- 足利義満が西園寺家の別荘「北山第」を譲り受け、新たに金閣舎利殿を中心とした山荘「北山殿」を造ったことが始まりとされています。義満の死後に遺言により死後に禅寺とされ、義満の法号「鹿苑院殿」から二文字とり、鹿苑寺と呼ばれるようになりました。
- 銀閣寺(慈照寺)
- 鹿苑寺(金閣寺)にならい、足利義政が山荘「東山殿」を造ったことが始まりとされています。義政が死去した延徳2年(1490年)に、義政の菩提を弔うために禅寺となり、義政の法号「慈照院」から二文字とり、慈照寺と呼ばれるようになりました。
- 龍安寺
- 守護大名である細川勝元が徳大寺家の別荘を譲り受け、宝徳2年(1450年)に禅寺としたのが始まりとされます。
見所の一つである方丈石庭は、水を使わないことで、山水を表現する、枯山水の代表的な庭園としてしられています。
- 西本願寺(本願寺)
- 豊臣秀吉から京都堀川の地を与えられたことで本願寺第十一世の顕如は、大阪の天満を拠点にしていた本願寺をこの地に移しました。幕末期には新撰組の屯所として二年程使われています。
- 二条城
- 上洛する際の宿泊所として、徳川家康によって慶長8年(1603年)に造られたのが始まりとされます。歴史的に重要な史跡であり、慶長16年(1611年)の大阪の役に繋がる家康と豊臣秀頼の会見が、慶応3年(1867年)には江戸幕府の最後の将軍である徳川慶喜によって大政奉還についての会議・発表が行われました。