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泉涌寺 (せんにゅうじ)は真言宗泉涌寺派総本山の寺院で、律(※1)を中心とした諸宗兼学の道場として栄えました。
草創の時期・事情については明確ではありませんが、開山は平安初期、当初は法輪寺と称し、後に仙遊寺と改めています。
その後荒廃し、建保6年(1218年)に宇都宮信房が仙遊寺を俊じょうに寄進します。俊じょうはこの地に大伽藍を造営し、寺内の一角から霊泉が湧いたことから、泉涌寺と改名しました。
貞応3年(1224年)、後堀河天皇により皇室の祈願寺と定められたあたりから皇室との関係が深くなり、後堀河天皇を含め歴代天皇が山内に葬らるようになりました。そうした経緯から、皇室の菩提寺として「御寺泉涌寺」とも呼ばれています。