方丈石庭

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龍安寺の歴史

龍安寺は妙心寺の境外塔頭であり、臨済宗妙心寺派の寺院です。

その歴史は守護大名である細川勝元が徳大寺家の別荘を譲り受け、宝徳2年(1450年)に禅寺としたのが始まりとされます。勝元と山名宗全との対立が一因とされる応仁の乱のために龍安寺は消失しますが、勝元の子の細川政元と4世住持・特芳禅傑によって、長享2年(1488年)に再興されます。

枯山水の方丈石庭で有名ですが、寛政9年(1797年)の火災により主要伽藍を焼失ししたため、塔頭の1つである西源院の方丈を移築したものが現在の方丈(本堂)になります。

古都京都の文化財として世界遺産(世界文化遺産)に登録されています。

徳川光圀の寄進といわれている、蹲踞(つくばい)は、画像の真ん中を口の字と見立て、周りにある各文字を加えると、上から時計回りに「吾」「唯」「足」「知」(ワレタダタルコトヲシル)と読むことができます。

その意味は公式サイトから引用させてもらいます。

これは、釈迦が説いた「知足のものは、貸しといえども富めり、不知足のものは、富めりといえども貧し」という「知足」(ちそく)の心を図案化した仏教の真髄であり、また茶道の精神にも通じる。

関連資料

龍安寺の画像


夏の方丈石庭

冬の方丈石庭

蹲踞(つくばい)

境内

夏の鏡容池

冬の鏡容池

方丈広間 襖絵