拝殿

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北野天満宮の歴史

北野天満宮は、学問の神として知られている菅原道真を主祭神とし、相殿に中将殿(道真の御子息)と吉祥女(道真の北の御方)を祀る神社です。

道真は平安時代に活躍した学者出身の政治家で、宇多天皇から重宝されたことから、数々の要職を歴任し、醍醐天皇の時代には太政官における最高位の右大臣にまで就きました。
しかし、後ろ盾となっていた宇多上皇は出家し、仁和寺で法皇となったことで、道真は藤原時平と、宇多上皇は醍醐天皇との政治的対立が表面化してしまいます。
時平は、道真が宇多天皇の皇子であり、娘婿の斉世親王(ときよしんのう)を皇太子にさせようとしているとの流言を醍醐天皇に流したことで、道真は昌泰四年(901年)、大宰権帥に左遷され、その2年後の延喜3年(903年)に大宰府で没します。

道真の死後、天変地異が多発したことから、道真を「天神様」として畏怖・祈願の対象とする天神信仰の象徴となり、天暦元年(947年)に、朝廷によって道真を祀る社殿が建てられ、これが北野天満宮の始まりとされています。
創建時は太宰府天満宮(福岡県)とともに、道真の祟りを鎮めるための性質が強く、学問の神として信仰されるようになったのは中世からといわれています。

現在の建物は、豊臣秀頼によって慶長12年(1607年)に造営されたもので、社殿の本殿・石の間・拝殿及び楽の間は国宝、中門・回廊・後門は重文として、その他にも境内には、東門・絵馬堂・神楽殿・校倉といった、当時の歴史的建造物が数多く現存しています。
また、道真が「梅」と「牛」に関係が深かったためか、境内には沢山の梅が植えられ、牛にまつわる逸話や像が残されています。

北野天満宮の画像


拝殿

社殿

中門(三光門)

本殿 透塀 後門

絵馬堂

東門

楼門

大鳥居(一の鳥居)

地主社

北門

社務所

竈社

文子天満宮

二の鳥居

拝殿

中門

絵馬堂と楼門